「アウトロー」という言葉からだいたいどんなものを想像するでしょうか?

  • 無法者
  • 犯罪者
  • 追放された人

本来の意味はこういった感じでしょう。社会的には非模範的なワルモノです。

一方で、ルールに縛られず、自由ワイルドちょっとカッコイイイメージもあります。

では「就活アウトロー採用」という企画に参加してきた人達はいったいどんな人達なのか?

先日のWSで、「就活アウトロー採用参加者ってどんな人?」アンケートを行いました。

集まった声をご紹介していきたいと思います。

 

全然アウトローじゃないじゃん?

(就活に)タイミングがたまたま合わなかった
見た目普通
当初予想と違って、対話能力才能がある人が多い。
半分くらいは、まだ学籍があったり何かしら働いてたりする
なんだかんだ高学歴ばっかり
全然アウトローじゃない

最初、「一体どんなヤバイやつが集まるんだろう?」と内心ビクビクしながら初回説明会に参加してみた結果、集まってきた人達は、思ってたよりも”フツー”。むしろ、なんだかんだハイスペックな人が集まっている印象。最初は学歴とかは話さない雰囲気だったが、経歴を聞いてみると早慶マーチ台がちらほら。それから美大芸大出身者も多く見かける。粗暴な無法者どころか、周囲への細かい気遣いが出来るある意味常識人ばかり。そしてちょっと独特だが、話してみるとちゃんと自分の考えを持っていて面白い。「自分はこれ」というのがあってそれについてはとことんやっている。そんな人がたくさんいるように感じる。「アウトロー」って言葉に惹かれて集まってきた人達が、必ずしも本物の「アウトロー」かっていうと、そうとも限らないわけです。(どうも実は運営側(キャリア解放区)も当初から想定していたことらしいのですが。)

ハミ出た人、変な人

では、「就活アウトロー採用」に集まった”就活アウトロー”はどんな人達なのか? 一般人と何が違うのか?

真面目だが ベクトルが独特
他の人から見れば 遠回りしている。 道草くってる。
既存のコースから外れた
社会に適応することを拒む人 迎合を拒否
フツー・ジョーシキが嫌い
変な人
隠れた才能があるにいもかかわらず、社会に馴染めない
個性が強い。故に自分の尊厳を大切にしている組織に属していない。
良くも悪くも個性豊かで我が強い。破天荒、不躾
自分に素直。今ある採用システムでは嵌まりきれない、計れない。
(統計的な意味で) 外れ値。
色々な方向に
 はみ出し  てる

まずこのようなことが言えるだろう。”就活アウトロー”は、積極的に、あるいは消極的に、いわゆるシューカツを拒否してきた人達だということだ。「なんとなく嫌だから」「バカバカしいから」「正当な評価が得られない気がするから」「いまいちバリバリ働く気がおきない」など理由は様々だ。(シューカツへの疑問点や違和感は本コーナー第二回として取り上げる。)概ね共通した意識として、“自分”をこのまま社会の要求に当てはめても窮屈だったり、大切に思っていることを出来なかったりするのではないかと考えているようだ。こういったことは現代において誰もが感じていることではないのか?しかし、ほとんどの人は”自分”が削られていくことを我慢することを選ぶ。就活アウトローは、”我慢する”という選択を、積極的にあるいは消極的に、拒否したのだ。果たしてこれは、単なる怠惰や不適合の一言で片付けて良いものなのだろうか?

悩んでいる、考えてる

アタリマエのことだが、ただ好き好んで既定路線から外れてしまったわけではない。何も問題がなかったらそんなことはしない。アウトロー参加者の多くが、実際に自分と社会との間に”問題”を抱えている存在であることは否定出来ないだろう。そういう意味で、アウトローは弱者である。前向きな言葉だけで語ることは出来ない。

疑問を持っている人。 問題意識が強い
変な人 リクツっぽい ひねくれ者
(人格、価値観、考えが) 偏ってる人
悩んでる
人より傷ついた経験が多い
感受性が強い、考えすぎる
「みんなが」「社会は」などの言葉で 決めつけをしない
エゴコンプレックスの塊
泥臭い人達、人を見るのが大事と思っている
自分のやりたいことと就活の間で揺れ動いている
心理的に常識、慣習の外にいる
3:4:3(の比率)で、オタク、根暗、意識高い

いい意味でも悪い意味でも、「自分は違う」という意識に動かされて、”アウトロー”な道を選んだということは言えるかもしれない。参加者は、違和感疎外感圧迫感、様々な負の体験を抱えてる傾向にはあるだろう(もちろん、そうでない人もいる)。しかし、そういった”事情”を押し殺して、隠して、我慢し続けることは果てしなく苦しい。前向きなだけの人などいるだろうか?社会で「前向きなだけの人」を演じるのには疲れてしまう。実際に疲れてしまった。ではそういう人はどうすれば良いのだろうか。「それなら自分の道は自分で切り開くしかない」と人は言うかもしれない。しかし、そこまでのバイタリティのある人間ならこんなに追い詰められたりもしない。この”アウトロー採用”企画は、弱者の集合体という側面を確実にもっている。僕自身の体験として一つ言いたいことは「正直に、素直に話せる場がほしかった。」ということ。最初は恐る恐るだったが、似たような人達に出会って勇気をもらえた。無理せずにいられる場が得られたこと自体に感謝している。

自分という信念、変革者

アウトロー参加者は弱者かもしれない。しかし欲しいものは哀れみとか施しなんかじゃない。「自分たちとちゃんと向き合って、自分たちがもっているものをちゃんと評価してくれる」人達に出会いたいのだ。実際のところ、「自分たちにどんな価値が有るのか?」というところはまだよくわからない。けど、ある意味「自分が本当に思っていることから逃げなかった」という意味で、すごく正直なんじゃないだろうか?

まじめに生き方について考えることができる人ばかり
自分の信念を曲げてまで就活しようとしない。
自分の人生を好きに謳歌できて、満足して死ねる
人生を最大限有意義に過ごすために自分と向き合う時間を大切にしてきた
チャーミング
新人類
破壊者
日本を救うというネットゾンビの一角
実はグローバルスタンダード

ワカシン氏の言葉を借りれば「偏屈で健全な」。 (http://news.finance.yahoo.co.jp/detail/20140502-00012507-president-column) まさにそんな人達の集まりだ。多分、どこに行っても器用にやっていくようなタイプじゃない。だけど、”ハマれば“、もしかすると周りに合わせるのがうまい人よりも、ずっと大きい価値を作り出すかもしれない。なぜなら、本当の意味で自分の中に”動機”を持っているからだ。 とりわけ、今活発にアウトロー採用内で動いている人の中には、「世の中を変えたい」という目標をもっている人もいる。「おかしい」と思ってても、その仕組の中にいる限り変えられない事は沢山ある。アウトロー採用は、“変化をもたらす”側の活動だということは言えるだろう。これがいったい何になっていくのかは正直まだわからない。けどいまのところ、間違ってないと強く思う。この記事も、きっとどこかで誰かの助けになるのではと思って書いている。

種々多様

最後にもう一つ、アウトロー参加者について考える上で大事なこと。

雑多

「正常なものはみんな似ているが、異常なものは個々別々に異常だ」なんて言葉があるが、就活アウトローは個々別々に就活アウトローだ。当たり前に、色んな人がいる。”規格品”になることを拒んだ“一品物”の集まりだということだ。何に使える一品物なのかはわからない。けど、規格品からは新しいものは絶対に生まれない。新しい可能性、探しませんか。


今回は、アウトロー参加者のイメージ・印象をまとめてみました。   ぶっちゃけ、コンセプトやイメージ論だけ聞かされても、 「なんだこれアヤシイ」としか思えないかもしれません。 なので・・・

具体的に一人ひとりどんな人物なのか?

それを明らかにするために、参加者インタビュー記事を企画しています。 この活動に興味をもって下さったみなさん、是非ともそちらも読んでみてください。   以上、ニア藤がお伝えしました。 (アンケートにご協力頂いたみなさんありがとうございました。 紙面の都合により掲載できなかったもの、抜粋になってしまったもの、ご了承いただければ幸いです。)