ご挨拶

どうもみなさん、初めましての人は初めまして。前に読んでくれた方はお久しぶりです、ねこまたです。

今回はずいぶんと記事を書くのをさぼっての構想を練るのに時間がかかりました。結局ぶっつけ本番です。

最近アウトロー採用の一部の人間が「ブレスト」なる怪しげな会合を催しています。今回はそのなかでねこまたが感じた事を書いていきます。もしかすると、これが世に出ているころ私は大阪湾に沈んでいるかもしれません。でもそれでも伝えたいから書く。物書きとはなんと因果な商売だ事でしょう!いや物書きを商売にした事なんでいままで一度もありませんしむしろ本気でやってた人に○される。

 

こんな夜中に家のインターホンがならないうちに、記事を書き上げてしまうと致しましょう。

では。


ブレインストーミング〜就活に対する負のイメージから得たもの

まずはじめに私たちのグループは「就活」をテーマにブレストしました。ええ、原点回帰というやつです。元はと言えば「既存の就活に対して違和感を抱き、脇道に逸れた人々の集まり」こそアウトロー採用でした。最近へんなやつの多い集団として認知してたけど

その結果「就活」に対する違和感を「企業都合の効率化による、異端者の排除および志願者に対する同調圧力」とまとめました。

そしてまた「膨大な金がかかる」とも。

これらのまとめから私が得たイメージは、いわゆるRPGでした。

企業は攻略すべきダンジョン、就活生は勇者、すなわちRPGの主人公です。

ここからはそのたとえ話を書いていきます。なおここからのインテンド区間はねこまたのおふざけです。読飛ばしていただいてもそんなに問題ないと思うので、てきとーに読み流してください。

就活RPG

勇者(学生)たちはそれまで棒術や剣術、弓矢や、はたまた魔術など様々な特技を磨いてきました。そして、晴れてダンジョン(企業)に挑戦することができる日になりました。このダンジョンを攻略した者こそ、シャカイに認められる真の勇者になるのです。

勇み足で出発した勇者一行を待ち構えていたのは、ダンジョンの入り口にある立て看板でした。

「このダンジョンに入るために推奨される装備は以下の通り。

頭鎧:黒髪短髪(女性勇者は肩にかかる程度で一つくくり)

面鎧:エガオ

胴鎧:スーツ・派手な色でないネクタイ

武器:聖剣ガクレキ コミュリョクの剣 リーダーシップソード ブチョウセイバー

道具:まどうのしょ(エントリーシート)

   縦3.5cm,横3cmの、自らの分身妖精(写真)     以上」

仕方なく大半の勇者は近くの町で装備を整えます。床屋に行く者もいました。また、妖精は少しでも見栄えよくするために、自作(インスタント)でなく練金術師に大金をはたくものもいました。特に女性勇者はその比率が高いです。

また武器はありあわせのもので自作する者もいます。どの指定武器も外装はリッパですが、なまくらなことで有名なので、自作は容易です。しかし大半の勇者の手にはなじみません。剣術をおさめた者は、全体の中ではごく一部です。

改めてダンジョンの前に立った一行。大半が指定の装備を身につけていますが、一定数それを守っていない者もいます。なかには立て看板を読んだだけでアホらしくなって帰った者もいます。彼らはアウトローと呼ばれます。しかしアウトローたちはシャカイに認められることを放棄した落伍者であり、残った勇者たちは自分が有利になった程度しか感じません。

さて、ダンジョンに入りました。

第一の関門です。

「まどうのしょと妖精を使って扉をあけろ!」

勇者の前にはなにやら古めかしい扉があります。直接攻撃で簡単に突破できそうですが、そうした勇者は、みな一様にその先にある奈落へと吸い込まれていきます。

妖精にまどうのしょを持たせ、扉に向かわせます。大半の妖精が扉から出た「カオサイヨウビーム」に打ち抜かれていきます。またまどうのしょが「ガクレキサテイビーム」により灰になります。その中でもまどうのしょのレベルが高く、ビームを跳ね返す妖精もいます。また、ビームが飛んでこない場合もあります。

半数ほどが落伍して第一関門は終了しました。

さぁ息をつく間もなく第二の関門です。

「ダンジョンのガードマン ジンジをたおせ!」

前に現れるのは2体のジンジです。勇者は5人一組でジンジと対峙します。指定武器を用いた攻撃は有効で、簡単に突破できます。ありあわせの材料で作ったまがい物でも、なんとか倒せます。しかしながら矢はいつでも前からとんでくるとは限りません。勇者もダンジョンを攻略できるのが一握りであることは知っています。戦いのどさくさにまぎれて、後ろから刺しにくる勇者もいます。落伍する勇者の大半が同士討ちです。

第二の関門を突破した勇者一行は、その数を大きく減らしています。

そしてとうとう最後の関門です。

「ダンジョンの主 ヤクインたちをたおせ!」

先ほどのジンジたちとは異なり、パワーアップした敵が8体ほど出てきます。対してこちらは1人です。しかしこれを突破しなくては、ダンジョン攻略はできません。

指定武器の有効倍率がジンジと違い等倍であり、またダンジョンそのものが勇者をキンチョウ状態(全能力ダウン)に置きます。さらに鎧スーツの防御力は低く、逆に機敏性を失わせます。ついでに強力な勇者の特性:個性も失います。面鎧エガオもこのステージでは寒さで凍り付きます。大半が手になじみの無い武器でヤクインに切り掛かりますが、圧倒的な防御力・体力・攻撃力を前に力つきます。なんとヤクインは勇者の攻撃のうち、一度受けた攻撃のダメージを軽減する特殊能力まで持ち合わせているのです!

そんなこんなで、大半の勇者が攻略法を分からず敗退します。

そこでなんらかの偶然によりクリティカルを出した勇者が唯一、ダンジョンを突破できたことになるのです。

突破した勇者たち自身、自分がどのようにしてダンジョンを突破できたのか分かりません。とにかく入り口にあった看板どおりの装備を整えました。妖精は錬金術師に、自分に似ていなくともできる限り美しく見えるようお願いして作ってもらいました。武器はあり合わせでもなんとかなりました。さて、このダンジョン攻略方法はなんでしょう?

 

ドラクエもFFもやったことないねこまたが書くとすれば、こんな感じでしょうか。

まあ要約するならば、「企業側の都合に合わせて防具を指定され、その度に個性が削り取られる。そして各々の得意でもないフィールド・武器での挑戦でないと参加者としての資格を失う。」

そういうことです。

 

そして私はその就活をアウトロー採用でやる気はありません。

 

むしろ私の得意なフィールドに、装備なしで出てきてもらってノーガードの殴り合いをしたい。そう思っています。

 


ブレスト第2弾〜共感・コミュニケーションの因数分解を通して

さて、ガラッと変えて後半は硬派な感じで参りましょう。

その後さらに「共感」「コミュニケーション」をテーマにブレストしました。

どちらも焦点になったのは、集団vs個のケース。多くの場合、人は集団を作ります。そしてその内部の人にしか分からないテーマや事象などにおいて、共通の感想や見解を抱く事で仲間意識を再確認します。

これこそが「共感」であり、仲間とそうでない人間を分ける境界線になると考えます。

同時にこのテーマは前提として、「人は元来各々が異なるものである」という一見当たり前のテーマを持っています。

「各々違う」からこそ「コミュニケーション」によって一定程度の落としどころを目指して「同質化」が行われる。そのキーとなるのが「共感」である。そんな風に私は結論付けています。

堅苦しくなりすぎました。RPGにたとえを戻すなら、勇者パーティは世界を魔王から救うという価値観に共感した仲間ですし、魔王側も世界征服という思想に共感したからこそ配下がいっぱいいるのです(たぶん)。勇者側も魔王側も、各々違う能力や思想を持った仲間(?)がいますが、世界を救う・世界征服という一点における共感で集っていると言えます。


本題

ブレストで感じた事をまとめていきます。

既存の集団があり、そこに後から個人が参入しようというケースにおいて、この「共感」は得られにくい、そう感じます。RPGなんかだと、新しい仲間ができるとき、必ず何かしらイベントがありますよね。そういったキッカケがないと集団に合流するのは難しい。そういう事だと思います。

集団ではすでに「共感」が得られている場合が多く、その「共感」を共有できなければ集団に加わる事は難しくなります。世界を救うと言う大義名分に違和感を感じるキャラは、どんなに強くても仲間にはなりません。せいぜい便利なマジックアイテム代わりです。そして集団に属する個人も、ひとりひとりは差異があれど、集団と言う属性を持つ事で新参者への「共感」を強制する力を持ってしまいます。

 

個人が集団に合流するときに、集団が「共感」していた物事から、双方の合致する物事への「共感」の「ズレ」というものは起こりがたい。まぁ世界を救うなんていう大義名分ならばずらせないのも当然ですが、それでは就活での企業はどうか。

少なくとも企業の風土と言うか文化と言うか、そういったものに対する「共感」というものは「ずらす」ことができるはずです。(これまた企業理念であったりと高尚なものを持ち出されると難しいのですが)

飲み会が会社全体で半ば強制になっているようなところもありますが、それが無理な人が来たとしましょう。「そもそもそんな人は入るなよ」と切ってしまうのか、「来たい人だけが来ればよいと言う風に改める」のか。多様な人材の確保にはどちらが良いのか、明白ではないでしょうか。

ではなぜ、企業側は事前に「我が社は飲み会が強制ではありませんが、参加が原則です。もしそれがイヤだと言う方は、お話しましょう。場合によっては飲み会に参加しなくとも居心地が悪くならないような企業文化を一緒に作っていきましょう」といえないのか?

 

それは、すでに「共感」を得ている者同士が集った集団において、新たな価値観での「共感」を行うことは現実的ではないし、例えその一部の人間(採用担当者や社長など)であっても、新参者全員と「共感」を得るのは、効率と言う観点からみれば悪手となるからに他なりません。

 

また、飲み会ではありませんが、ライフスタイルの点で「共感」を得られない場合もあります。

あるスポーツにおいてトップクラスの人材だとしても、オリンピックの金メダルでも無い限りその凄さは一般人に理解できませんし、彼がその技術を身につけるのに要した時間、体力、そして熱意はなかなか理解され得ません。つまるところ、企業側は全てのフィールドを評価することができないのです。

企業側が本気で「共感」を得られる人物を採用したいと思うのならば、愚直に各々のフィールドに出て行って「体感」するしかない。でもそんなことはやってられません。合理的ではないから

 

そういうわけで、その参入障壁をクリアする過程は集団にとって都合良くできています。集団のフィールドで、集団の指定する事象に「共感」できる人間を求めます。真の「共感」は互いの「コミュニケーション」によって行われるはずですが、そこにあるのは集団からの一方的な「共感」の押しつけです。

だからこそ、互いの中間にある落としどころを探るべく、まずは自らのフィールドに企業側に出てきてもらう誘いをかけることは、決して自分本位ではないと考えます。

 

二つの異なる価値観があり、その中間を目指す場合において、端から中間に向けて漸進するだけでは決して辿り着かない。いっそ反対側に振り切ってしまえば、その振り切る過程に中間があるのだから、必ず中間も実現できるはずです。

どうせ集団のフィールドに乗り込まにゃならん時がくるのです。でもその前に、自らのフィールドで生き生きと振る舞う様を見ておいてもらうことは決して損にはならないでしょう。

 

また、自らのフィールドやその中間のフィールドを用意する時にも二通りの方法があります。

もちろん自らの得意なまたは好きなフィールドであることは大事ですが、静的な場(感覚の共有)と動的な場(ライフスタイルの共有)の二つが考えられるでしょう。

静的な場は、たとえば美術館や演奏会など、アートの場。言葉をかわさずに鑑賞をし、その後酒を飲むなり茶をしばくなりして感想を述べ合います。これはおそらくその人の哲学や趣向、そういった内面が浮き彫りになります。

また、動的な場はスポーツやボードゲーム。互いに熱中して我を忘れることで、素の自己がかいま見れることでしょう。

私は前者しか考えていませんでしたが、参加者に話を振ったところ「一緒に釣りして、釣った魚をその場でさばいて食したい。いろいろ見えてくると思う」という案も出ました。釣り初心者でよければぜひ参加したいところです。

 


今後

現在の就職活動はその過程においておこる様々な弊害を看過して行われています。効率性を重視した結果と言えるでしょう。確かに「とりあえずエントリーしとけ」という風潮に踊らされて雲霞のごとく集まってくる学生も学生です。しかしながら、元凶はその風潮を作り上げている就活産業と、効率的だというだけでその策にまんまとはまっている大半の企業ではないでしょうか。

そして学生側がその風潮に踊らされる大きな理由は「選択肢の不存在」です。現状そのレールに乗る以外で、「年収」や「安定した生活」といったものは手に入らなくなる。そう思わされています。実際のところ、私もそのレールから外れまいと必死な学生の一人でした。だからこそ分かりますが、少なくともそんなことはない。アウトロー採用に来るメンバーや企業はみな一様にその「常識」を打破してくれました。

今後の展開が非常に楽しみです。私自身、「選択肢の無い」道を進むことへの怖さよりも、わくわく感の方が強いのが現状です。はてさて、どうなることやら。

 

なんだかいつも以上につらつらと書いてきましたね。垂れ流しなままで大変恐縮ですが、このあたりで筆を置こうと思います。

ここまで読んでくださったみなさん、ありがとうございました。それでは、またどこかの記事でお会いしましょう。