高校生の時、美術教師に「(私は)飛んでるからな」(変なやつという意)と言われ、同級生に「お前の周りに妖精でも飛んでるんじゃないの」といわれたエピソードから”ようせい”と名乗っています。

 

どうでもいいですね。

 

 

先日、私が卒業したとある美術大学の卒業制作展に行ってきました。
あまり見て回れなかったけど、見ていて面白かったです。美術館で見るものとは違うエネルギーがありました。
作者がどういう視点から作品にするに至ったのかがわかるのはいい・・・エネルギー不足は私の方でした。

そこで、日頃何も生産的なことをできていない自分も何か生み出すべく筆をとりました。
支離滅裂な文章になりますがお付き合いくださいませ。


 

私はアウトロー採用で就職できていない人ですが、アウトロー採用に参加して良かったと思っています。

そう言いつつ、学生時代の同期の人には、一部を除いて参加してるということをあまり話していません。
自分の周りには、こういった採用プログラムを私から説明して理解してくれる人はいないと思っていたのと、就職や大学院への進学で環境が変わり顔を合わせる機会が減ったためです。友達がいないとも言う。

 

しかし私のこの考えもどうなのか。

 

自分のことを開示しなければ理解されなくても傷つかないけど、自分から閉ざしていくスタンスをとっていたらますます理解されなくなる。相手を理解しようという気持ちもないから負のループに。

おそらくこのままでは自分のコミニュケーションのとり方も一方的になってしまうしいいことはあまりない、と思いました。このことに気がついたのは最近です。

 

アウトロー採用について、人から近況を聞かれた時に話そうと決心がつきました。話す機会がないかもしれないですが。

 


 

アウトロー採用では、参加者の中ではある程度閉じずにいられたと自分で思います。
専用のSNSでコミニュケーションできていたことも大きかったとは思いますが。

反面、企業の方と話すときはコミュ障を発揮していましたしかなり卑屈だったとも思います。
特定の場面では猫かぶっているのというくらいにはおとなしいですね←

 

考え方に多少の変化は出ましたが行動に反映するのはまだ苦手です。

自分が劇的に変わるようなことはなかったですが、アウトロー採用という場で今まで関わったことのないタイプの人と出会ってワークショップやそれ以外の場で交流を持てたことの結果だと思っています。

 


 

今の私ですが、やりたいことも強みも、仕事としてできることがわかっていないのを理解したところです。

自分が独立するとか、スキルやキャリアを積み上げるということが明確なビジョンとして自分の中になくて働き始めた自分も想像つかない。

文章を打っていて気づきましたが、自分のようなタイプがなんとか生活できるようにははしたいです。そのためにまず自分を何とかしなければならないですが・・・。

 

なのでアウトロー採用をつうじてやっとスタート地点に立った気がします。遅い。

 

他にもいろいろありますが、もう書くことが無くなってしまったので以上で締めたいと思います。ありがとうございました。